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従業員満足・幸福感アップが生産性も高める~ウェルビーイング経営は絵空事ではない~

(2026.10.15)
本シリーズ<シーズン2・人材施策編>では、リーダー人材育成の本質論、リーダーシップ論にスポットを当ててきた。今回はそうした施策転換や労働環境改善の努力によって、働く人たちの満足度や幸福感がアップした時、それは実際、経営的成果に結びつくのか?という素朴かつ切実な疑問に答えたい。「社員への過剰サービスやESG重視の投資家向けポーズ(やったフリ)に陥るのではないか?」といった懸念が、本テーマには付きまとっているからだ。
しかしその努力が確かに、業績や生産性の向上につながりそうなら、会社としてもその活動を許し、予算も確保してくれるはずだ。そんな上司への説得材料として本編を使ってほしい。
◆従業員満足が収益向上につながる理由
初めに紹介するのは、「サービス・プロフィット・チェーン(SPC)理論」である。1994年にハーバードビジネススクールのヘスケット名誉教授・サッサー名誉教授の論文「サービス・プロフィット・チェーンの実践方法」で提唱された。勘所だけ先に述べると、「従業員満足度向上による生産性と品質向上を通じて、顧客満足度が向上し、それが企業収益の向上へと連鎖する」というサイクルを論証したものである。図表1を見ながら、下記の説明を辿って咀嚼してほしい。
図表1 サービス・プロフィット・チェーン(SPC)理論が示すサイクル。

<SPCサイクルの流れ>
(1)福利厚生・待遇など従業員に対する企業内サービスの品質を高めると、従業員満足度(ES:Employee Satisfaction)が向上する。
*スタートの「社内サービス品質向上」は、給与や施設・制度などの改善を含むが、それらは単なる支出でなく、「人的資本への投資」と位置付けられる。前回までに述べたティーチングやコーチング(⇒人格練磨)の取り組みも、これに含まれる。
(2)ESが従業員のロイヤルティ、組織への帰属意識(エンゲージメント)を高め、モチベーションも向上することで、作業生産性・顧客へのサービス品質が向上する。
(3)それは顧客満足度(CS:Customer Satisfaction)を高める
(4)CS向上が顧客ロイヤルティを育み、サービス利用度(LTV:Life Time Value/顧客生涯価値)が高まることで、企業収益が向上する。
*収益を従業員の待遇改善他に再投資することで、さらなるES、CSそして収益向上への成長サイクルがスパイラルアップで回っていく……(以上は学説を元に筆者が再構成した)
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「だけど…そんなに、うまく行くのかい…?」と懐疑的なあなた! そんな人には、グーグルが2012-16年に実施した労働改革プロジェクト「アリストテレス」の成果を参照することをお薦めする。足掛け5年の時間と最先端のIT、予算を投じ、同社はSPC理論が現実の企業内で機能することを科学的に実証したのだ(Google re:Workサイトを参照)。同プロジェクトの結論は――「心理的安全性の高いチームは、信頼の絆で結ばれ、より生産性の高い仕事をこなし、収益拡大に貢献する」というものだった。
心理的安全性の向上は従業員満足向上の大きな要因だから、グーグルの成果はSPC理論の正しさを傍証したものと考えてよいと思う。
◆マナー運転への賞賛共有で満足度アップ
以上の流れで一点、学説にはない筆者独自の着眼点を追加しておく。③でサービス品質に大いに満足した顧客が、その感謝の気持ちをサービスしてくれた従業員に伝えられた(③から①へ「ありがとう」を伸ばしたライン)としたら? 当の従業員は「やった! 頑張ってよかった!!」と達成感、やりがいを獲得するに違いない。飲食ほかの接客サービスなら、顧客は従業員とダイレクトに接するから、そんな時も図の通りダイレクトに「ありがとう!」の気持ちを伝えられる。
だがその他のほとんどの職場では、顧客と従業員を直接つなぐ回路がない。あるとしても、B2B ECで「梱包がとても丁寧でした。ありがとう!」など顧客の声がレスポンスやアンケートで得られるくらいだろうか。梱包した本人が特定できない限り、それも事業全体のマクロ指標にとどまることになる。
普通なら「それで終わり」なのだが……筆者は「それで終わらなかった」貴重な取材ネタをもっているので、ここでご披露したい。3年前、加工食品業界の著名な共同物流会社・F-LINEの社長さんと、ある企画の対談準備で打ち合わせをしていた時のこと。私から論点提起で上のSPC理論を紹介したのだが、社長さんはピンと反応し、「お~、いい話だね。当社にちょうど、まさにピッタリの話があるんだよ。対談で紹介させてよ」というわけで、こんな話を教えてくれた。
……過日、ある一市民の方から会社に連絡があった。その人が車で道路を走っていた時、ちょうど前にいたのが当社のマークを付けたトラックだった。しばらく伴走する中で、その運転マナーが実に素晴らしかったので、感銘し(黙っていられなくなるくらいだったのだろう)、わざわざ連絡先を調べて称賛のメールを送ってきてくれた、というのだ。報告を聴いた社長さんは早速、日時とエリアから調べさせてそのドライバーを特定。本人に確認の上で社長表彰を行い、全社で喜びのニュースを共有したというのだ。
この場合、ドライバーのマナー運転は直接の顧客サービスではないのだが、地域社会と共存共栄することが企業のミッションなのだから、ステークホルダーである市民も広義の顧客と解釈できるし、社会の中での従業員の振る舞いは、公器としての広義のサービスとみていいだろう。
つまり図中の(3)顧客満足度から(1)従業員満足度への「ありがとう!」のラインが、物流会社にあっても顧客から従業員本人に、直接つながる実例だったのだ。そしてドライバー本人のみならず、社長さんや全従業員に喜びが共有されたことで波及効果が広がり、モチベーションを高めた、ということだ。全社の従業員満足度の向上にも貢献したことは間違いあるまい。
「君が頑張ったことは、誰かが見てくれている。頑張った分はいつか、自分に帰ってくるよ」
そんな言葉が、どこかから聞こえてきそうだ。
◆ウェルビーイング経営は生産性を高める
もう一段の補強材料として、「ウェルビーイング経営」のメリットについても触れておく。ウェルビーイングの概念は1946年、WHO(世界保健機関)設立者の1人スーミン・スー博士が「広義の健康とは、身体的、精神的、社会的に良好な状態であって、単に病気や病弱でないことではない」とした上で、「広義の良好な状態」を「ウェルビーイング(well-being)」と呼んだことに端を発する。それが近年の人的資本経営や労働環境重視の流れの中で、再び注目を集めるようになっていた。
筆者も関連テーマの情報を渉猟する中で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授・前野隆司氏のコラムで、本説に基づく興味深い調査結果を報告するハーバードビジネスレビュー誌の記事に接したので、引用させてもらっている(図表2)。
図表2 幸福度とパフォーマンスの関係

図の通りで、幸福感の高い社員の創造性、生産性はもちろん、売上も非常に高くなることが示されている。さらに離職率や欠勤率が驚くほど低く、仕事上のミスも際立って少ない――そんな事実が信頼できる各社ソースの調査結果で裏打ちされたのだ。
中でも業績向上に直結するのが、「売上が37%高い」と、損失につながる「事故が70%少ない」だろうか。「離職率が59%低い」も、採用や教育コストの重複を不要にするから収益アップに貢献するはずだ。
よって、会社として従業員満足度・幸福感を高める努力を続け、成果を挙げれば、それは業績・収益の向上につながる可能性が有為に高い。そう言ってよろしいかと思う。もちろん、給料を上げれば従業員の幸福度と売上がすぐ上がる、などという単純なものではない。誇れる企業パーパスのもと、従業員・社会との共存共栄に向け真摯に努力するリーダーを育成するなど、本コラムが主張してきた本質的施策の推進もまた条件になる。この点は十分留意されたい。
だが決して「きれいごと」や「カッコつけ」などではなく、本気で働く人を大切にし、待遇や労働環境の改善に努めることは、議論の原点の1つだった「採用した従業員の定着」に直結するのは当然として、業績の拡大・企業価値の向上にも貢献するということだ。それは、ひいては地域・国の格差是正や、社会的環境の改善にも資するはずである。
だから物流リーダーの皆さんには、自信と確信をもって、本コラムが推奨する「従業員満足度の向上施策」を進めてもらいたい。それは「信頼されるリーダー」への自己練磨と合わせて両輪をなし、企業の成長に貢献するからだ。
私は皆さんの奮闘を心から期待し、待っている。
(つづく)
著者紹介

菊田 一郎 (きくた いちろう)
エルテックラボ 代表/物流ジャーナリスト。1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。2017年6月より大田花き社外取締役、2020年6月より日本海事新聞社顧問(20年6月~23年5月)、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル顧問。
著書に『先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える』(白桃書房、共著)、『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」』(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。







