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給与を上げれば人手は確保できる?それでも人が辞める会社に足りない「心理的安全性」
物流ジャーナリスト・キクタの連載コラム
<あるある! 物流カン違い>物流分野に漂う12の勘違いを正す!
「<あるある! 物流カン違い> 物流分野に漂う12の勘違いを正す!」と題して、物流ジャーナリストである菊田氏が連載を執筆するオカベマーキングシステムの物流コラム。
第7回は物流業界の「心理的安全性」がテーマです。
◆給与で人集めできても、定着は?
働き手が足りない――皆さんの会社も恐らく、いや、ほぼ間違いなく、そうであろう。「物流2024問題」で叫ばれるトラックドライバーだけではない。派遣社員、パート、アルバイトが主体の物流現場作業者もなかなか確保できないし、今では現場職・事務職を問わず正社員でも厳しい採用環境に突入しているはずだ。
「……背に腹は代えられん。予算は厳しいけど、給与を上げるか?」
そう迷っている中小企業の社長さん、大手企業の役員さんも少なくないことだろう。何しろ、必要人員が確保できなければ仕事が滞り、品質も確保できない。事業の持続可能性に直結する大問題である。
では従業員側はどんな思いでいるのか? その実態に関し、(株)日本能率協会総合研究所が従業員エンゲージメントや転職意向をテーマに「働きがいに関するアンケート」の調査を行い、つい先月(2024年9月)発表した最新レポート*1を参照しよう。それによると、特に転職活動が活発な年齢層は「25~34歳」である。うち「8.9%」が現在も転職活動中で、「44.1%」が過去3年以内に転職を検討していた。けっこうな数字である(なお本調査は従業員300人以上の企業に勤務する正社員1万人を調査対象としたものなので、中小企業や派遣・パート・アルバイト層と回答は同一ではないかも知れないが、人の性(さが)として大同小異であろうと考えて論を進める)。
*1 https://jmar-im.com/organization/report_es24
では彼・彼女らを離職・転職から引き留めるすべはないのか? ここで本調査が指標としているのが「エンゲージメント」である。「会社への誇りと仕事へのやりがいの両方が高い層」を「エンゲージメント層」と定義した。25~34歳をエンゲージメント層に限って見ると、転職活動中の人は「4.2%」と前記より半減し、過去3年以内に転職を検討した人は「32.7%」と10%以上少なかった。逆に転職を考えていない人は「63.1%」と不満層に比べて2割以上多く、「エンゲージメントを高めることが転職を考えないことにつながると考えられる」と分析している。
なお、過去3年以内に転職を考えたことがない理由としては、「仕事のやりがい」(26.9%)、「勤務地」(26.4%)、「給与」(22.9%)が3大理由となっている。もちろん給与は大事だ。とくに入社前の意志決定条件になるから、「採用強化」の大きな要因となることは間違いない。
だが、「給与を上げれば人は採れ、居ついてくれる」と考えるのは早計で、「あるあるカン違い」である。辞めずに働き続けてくれる「定着強化」の段階で、事情が変わるからだ。本調査で給与以上に重視されていたのが「やりがい」であり、勤務地が示す「働きやすさ」であったことでも、それは分かる。そして、これら「理由」の調査結果をさらに詳しくみてみると、他にも重要な要素のあることが浮かび上がってくる(図表1)。
図表1 今の会社で転職を考えたことはない理由(25~34歳のみ、5つまで選択)
*出典/(株)日本能率協会総合研究所、「働きがい1万人調査」より
「3大理由」以外で私が注目するのは、僅差で4位の「心身に不調をきたすことなく働けているから」、6位「職場環境が快適だから」、7位「職場メンバーを信頼しているから」、9位「上司を信頼しているから」の各項である。
私の観点では、これらは大枠として「心理的安全性の高い職場だから」とひと括りに考えることも可能と思うのだ。仮に4項の数字を足し合わせたら「64.5%」であり、ダントツの1位に躍り出る。とても納得感のもてる調査結果だと思う(心理的安全性については次項で解説)。
また、10位に「今の会社で働いていることについて誇りを持っているから」がランクインしている。各ポジティブ評価の結果として「良い職場で働けているという誇り」が惹起されるのだから、これは総合評価とも解釈でき、筆者が前回コラムでSDGs8の解説として述べた、「物流を働きがいのある人間らしい仕事=ディーセント・ワークに!」との主張を後押しする。これらの理由で会社へのエンゲージメントが高まり、辞めずに定着してくれているのである。
逆に給料だけ上げても、心理的安全性の低い職場に人は定着せず、じきに嫌になって辞めていく。また費用をかけて募集し、費用をかけて教育し直さねばならない。負の連鎖である。
◆心理的安全性がなぜ大切か
「チームの心理的安全性(サイコロジカル・セーフティー)」という概念を最初に提唱したのは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授である。「このチームでは対人関係でリスクのある行動をしても安全であるという、チームメンバーによって共有された考え」と定義された。一般には、「チームの誰もが非難される不安を感じることなく、自分の考えや気持ちを率直に発言できる状態」「自分の考えに従い、行動に移せる環境」等と理解される。
このテーマで広く知られているのが、「生産性の高いチームの条件は何か?」を探ることを目的にグーグルが実施した労働改革プロジェクト「アリストテレス」である。リサーチチームが複数の統計モデルを駆使して大量のデータを収集・分析し、どんな要素がチームの効果性に影響を与えているのかを徹底的に追究した。その結果、影響因子としては「心理的安全性」の重要性が圧倒的に高いことが分かったというのだ。
グーグルの結論は、「心理的安全性の高いチームは、メンバーの離職率が低く、信頼の絆で結ばれ、より生産性の高い仕事をこなし、収益拡大により貢献する」だった。筆者が上の調査項目からピックアップした4項目は、概ねその要因に該当すると思われる。
以上より筆者は、人手不足で悩む経営者・管理者の皆さんに、こう申し上げたい。
『給与は採用段階で従業員を惹きつけ、満足度を高め、離職から引き留める大事な要素である。だが定着段階でそれ以上に強い要因となるのが、職場・チームにおける<心理的安全性>である。従業員の定着強化を目指すなら、心理的安全性の向上に向けた対策こそ急務である」
◆職場の心理的安全性を高める道は?
では、どうしたら職場の心理的安全性を高められるのだろうか? これを考えるには「逆からアプローチ」が有効だと私は思う。心理的安全性を「損なう」要因として、発案者のエドモンドソン教授は、①無知だと思われる不安、②無能だと思われる不安、③邪魔をしていると思われる不安、④ネガティブだと思われる不安――の4つを示している。
こんな不安を従業員が抱かねばならない理由は、「その職場では、無知・無能だと/邪魔くさいと/ネガティブだと――思われた場合、とてもストレスフルな反応がある」からに決まっている。ではなぜ、そんなイヤ~なレスポンスが返ってくるのか?
「思いやりを示す余裕のない上司や同僚・部下」で構成された人間関係・指揮系統。思ったことを口にできない「淀んだ雰囲気」「重たい空気」。社風自体に、頑迷な上意下達、昭和の日本軍以来の悪弊を今に引きずった職場。そこまで行かずとも、同僚や上司につど忖度(そんたく)しながらでなければ発言ひとつできない会議……思い当たるフシのある人もあるはずだ。
これらの負の連鎖を打ち消すことが、心理的安全性確保の最低限の必要条件である。職場の土台の奥深くまで染み渡っているのだとしたら、なかなか容易なことではない。社長・幹部の世代交代、外部から招いた新幹部の着任などが千歳一遇のチャンスになるだろう。それもなければ……気付いたあなたが、改革の旗を掲げて立ち上がることである。
以上はマイナスからゼロへの回復の道であり、次に、ゼロからプラスへと、私たちは高く飛翔しなければならない。公平・公正な倫理観、「働く人と地球社会の環境を守り、世界の持続可能化に貢献する」ことを企業の責任と自覚する、社会的使命感が経営者と従業員に浸透した、明るく軽やかな職場へ……。
近年の企業経営において「DE&I経営」が注目されているのも、筆者の主張と同じ文脈にある。DE&Iとは、Diversity(ダイバーシティ:多様性)、Equity(エクイティ:公正性)、Inclusion(インクルージョン:包括性)の略。従業員が持つ多様な個性(年齢、性別、セクシャリティ、人種、国籍、民族、宗教、障がいetc.)を認め、尊重し、公平に扱うことを目指す考え方・取り組みである。「人材不足解消や企業価値向上、イノベーション創出等のメリットがあり、導入する企業が増えている」(日本生産性本部の解説より)というのもうなずける。
筆者は今まで、こうした「あるべき職場の姿」実現のカギは何かと、深く考察してきた。社内ルールや規範の議論と設定などは当然だが、ポーズ、付け焼刃では長続きしない。もっと本質的な策があるはずだ……考え続けた結果、「働く人と地球社会を大切にする考え方を我が信条とする、高潔な人格を備えて人に慕われ、情熱と信念をもって企業経営・運営管理にあたる指導者・リーダーの育成」こそが肝要だ、との結論に辿り着いた。機会があればまた論じたい。
とにかく、生産年齢人口が急減するこの四半世紀、職場が働く人の評価を獲得できなければ必要人員が集められず、「運べない」時代が本当にやってくる。私たちは従業員が高いエンゲージメントを維持できる魅力ある職場、リーダーを確立して、この危機を回避せねばならないのだ。
(参照文献)Japan Innovation Review菊田コラム<物流ミライ妄想館>、「グーグルの労働改革プロジェクトでも実証、組織の生産性を高めるために、なぜ「心理的安全性」が最重要なのか?~「働く人の環境」と「持続可能な物流」をどう守るか(その③)」、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/82267
(おしまい)
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